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ヒューマンエラーについて  ー医療安全の観点からー

エラーとミスについて、ダブルチェックについてのブログで述べてみたが、エラーそのものについても実は様々な意見の違いがみられ、ヒューマンエラーは定義そのものが難しいというMeisterのような研究者がいる一方で多くの研究者が説明を試みている。1977年から2001年まで英国マンチェスター大学で心理学部教授を務めたJames Reasonは、ヒューマンエラーを「計画された一連の精神的または身体的活動が、意図した結果に至らなかったものであり、これらの失敗には、他の偶発的事象の介在が原因となるものを除く」と定義している。Strauchは、「一つあるいは複数の意図しない否定的な結果をもたらすような行為や判断」と説明している。[1][2]

日本看護協会の医療安全推進のためのテキストにおいては、自治医科大学医学部医療安全学教授である河野龍太郎氏の定義を取り入れている。元航空管制官であり、業務中に誤って航空機を誘導してしまった経験から心理学を専攻し、その後東京電力の原子力発電プラントのヒューマンファクター研究にも関わった人物である。ヒューマンエラーとは、「人間の生まれながらに持つ諸特性と人間を取り巻く広義の環境により決定された行動のうち、ある期待された範囲から逸脱したものである。」と定義している。私は生まれながらに持つ特性に加えて、生まれてからの育てられた環境つまり、後天的な環境要因も大きく関わっており、それは個々人において大きく異なっていることを加えたいと考える。日本看護協会は、医療事故は患者に最終的に関わった看護職のヒューマンエラーが「原因」ではなく、組織における医療事故予防に関するシステムの不備や偶発的な不可抗力によって、複数の医療関係職もしくは最終実施者のヒューマンエラーが誘発された「結果」であると医療安全テキストで述べている。この点については、それぞれの置かれている立場によって見解が異なってくるところであろう。

ヒューマンエラーとは、人間と機械やシステムとの関係の中で、機械側ではなく人間側のエラーをクローズアップしたものである。医療業界においては、直接的な作業のミスが、死亡事故などの重大な結果に直結してくる。航空業界や原子力発電業界においては、エラーの発生可能性を設計段階で予測し、多重の防護壁を組んでいるが、医療システムは人間に頼った単独作業が多いためエラーの防護壁が弱いシステム構造になっている。要するに死亡事故などの重大な結果につながるにもかかわらず、ヒューマンエラーが起こりやすい状況になっているのである。ヒューマンエラーは、個人的要因としては記憶力の限界、疲労、ストレス、体調不良など、リスクが高まった状況下として、時間不足、経験不足、点検不備など、様々な職種において、また経験を重ねたベテランやルーチンワークでも起こりえる事である。ベテランは業務に支障をきたさない範囲での基本的な確認・操作を省略し、積み重ねてきた事により「問題ない」という自己確信 (思い込み) が生じ、エラーを引き起こしたりもする。エラー予防策としては、チームで行う医療安全の取り組みとして、5S活動、危険予知トレーニング (KYT)、指差呼称、メモやチェックリストによる記憶エラー対策、疲労を起させないための勤務時間管理、適度な休息、体調管理、ダブルチェック体制などがある。

最近では、環境側のエラーを誘発する要因(システム要因)の除去だけではなくすことができない、メンバー同士のコミュニケーションや関係性に起因するエラーが着目されており、チーム全体、そして管理職の意識も含めてヒューマンエラー防止の対象と考えるようになってきている。医療従事者間や医療チーム間だけでなく、患者と医療従事者間のコミュニケーション、つまり患者自身または患者・家族による医療への参加を積極的に促進することにより医療事故防止につなげる活動が増えてきている。そのためには医療関係職と患者の双方が患者参加の重要性を認識し、共通の目的や意識をもって取り組む必要がある。

今なお報じられる中小医療機関の医療事故は、医療安全に関する基本的な考え方や知識・技術が浸透していないことを意味している。医療安全に関する知識の格差が生じているのである。例えばフールプルーフ、フェイルセーフなど医療安全管理論で学んできたが、職員研修させる時間や資金の余裕もないという中小医療機関も多いはずである。しかしながら、今後地域包括ケアシステムが進められていく中で、地域の安全力が求められ、中小医療機関の役割はますます大きくなっていく。診療報酬改定において医療安全対策地域連携加算がつけられることになったのは国が医療安全についての認識を強めていることへの表れであろう。中小医療機関において職員研修の重要性は高く、医療安全に関しては研修・教育を受けた分がそのまま医療介護の現場に反映してくると感じている。マンパワー不足や監視システムの弱さなど中小医療機関や診療所の課題は多いが、今だからこそ積極的に取り組んでいかねばならないものであると考える。「おかしい」「なにか変」を感知できる組織だろうか、個人で感知できないなら、システムで感知できているだろうか、本当に安全になったのだろうか、常に自問自答していき、アンテナを高く、意識し、医療安全管理体制の信頼を高め、内部だけでなく外部に対してもアピールしていかねば医療機関として生き残っていけない時代に突入していると考える。

[1]組織事故ー起こるべくして起こる事故からの脱出ー ジェームズ・リーズン 1999年

[2]人は誰でも間違えるーより安全な医療システムを目指してー 米国医療の質委員会 医学研究所 2000年

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